1. 報道の内容

松本人志さんが文春を名誉毀損等で訴えた裁判について、松本さん側が訴えを取り下げる形で訴訟を終結したとの報道がありました。

名誉毀損等の民事訴訟をした場合の裁判の結末として、判決、和解、訴え取り下げなどが考えられます。

この記事では、訴え取り下げとは何か、また、そのほか裁判の結末としてどのような展開が考えられたのかを弁護士が解説します。

2. 訴え取り下げとは?

訴え取り下げの意味と条件

訴え取り下げとは、請求者が起こした訴訟を取り下げることです。

訴え取り下げは、判決確定まではいつでもできます。 しかし、裁判が始まり、相手が準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後は相手の同意がないと取下げをすることはできません。 つまり、相手が一度争った場合には、相手の同意が取下げをするために必要です。

相手が争った場合は、訴訟を終わらせるかどうかについて相手にとっても影響があるためです。

たとえば、相手が白黒はっきりつけたいので裁判で判決を求めるという立場の場合は、相手が訴え取り下げに同意しません。そのため、請求者は訴えの取り下げができません。

訴え取り下げの効果

判決が出る前に訴えの取下げを行うと、最初から裁判は係属していなかったものとみなされます。つまり、裁判は終了します。

訴えの取り下げと請求の放棄の違い

訴え取り下げ以外に請求側の判断で裁判を終了させる方法として、請求の放棄という手段があります。訴え取り下げと請求の放棄は、どちらも裁判を終了させるという意味では共通しています。

しかし、その効果は違います。 訴えの取下げの場合、最初から裁判は係属していないものとみなされるので、理屈上はもう一度同じ裁判を起こすことが可能です。 これに対して、請求の放棄の場合、確定判決と同一の効力が発生します。請求の放棄をしたあとに同じ裁判を起こすことはできません。請求側としては、請求の放棄は敗訴に等しいです。

3. 訴え取り下げ以外の裁判の結末

訴え取り下げ以外の裁判の結末として、(1)判決や(2)和解が考えられました。

(1) 判決

判決は、裁判で裁判官が双方の主張立証に基づいて最終的な判断を下すことです。

判決には、大きく分けて次の3種類があります。

  • 請求認容判決
  • 請求棄却判決
  • 訴え却下判決

請求認容判決

請求認容判決とは、訴えを起こした請求側の主張には理由があるとして、請求を認める判断のことです。いわゆる「勝訴判決」です。

請求棄却判決

請求棄却判決とは、訴えを起こした請求側の主張には理由がないとして、請求を認めない判断のことです。いわゆる「敗訴判決」です。

訴え却下判決

訴え却下判決とは、訴訟をするための条件が欠けているため、請求内容について判断するまでもなく訴えを退ける判断のことです。これもいわゆる「敗訴判決」です。

たとえば、当事者でない方が当事者になりすまして裁判を行った場合は、裁判するための条件が欠けているとして訴え却下判決が出ます。

判決の特徴

判決は、請求を認めるもしくは認めないと白黒をはっきりさせることが特徴です。それがメリットであり、デメリットにもなります。

判決は、請求の要件を満たす事実が認定できるかが争いになります。

事実が認定できるかどうかは、主張立証の状況によります。証明の程度としては「高度の蓋然性」が必要です。つまり、通常人であれば疑いをさしはさまない程度の証明です。

しかし、「通常人であれば疑いをさしはさまない程度の証明」は抽象的な内容なので、裁判官によって判断が変わる可能性があります。

どの程度の立証をすれば、裁判官が事実を認定して、請求を認めるかは判決が出るまで分かりません。

過去の経験や裁判例等に基づき一定の予想はできますが、予想外の結果となることもあります。

つまり、「判決で勝てると思ったのに負けた」という結末になることもあります。

(2) 和解

裁判上の和解

和解とは、双方が協議のうえで互いに譲歩を行って争いをやめることです。

和解は、双方の譲歩と合意が必要です。一方が和解に応じる意向がなければ成立しないです。

訴訟中であっても和解は積極的に活用されています。民事訴訟法にも、次のとおりルールが定められています。実際、私の経験上も裁判所は積極的に和解の提案をしてきます。

(和解の試み等)

第89条1項 裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み、又は受命裁判官若しくは受託裁判官に和解を試みさせることができる。

訴訟と裁判上の和解の流れ

訴訟は概ね次のような流れで進みます。

  • 訴訟の提起
  • 訴訟の相手方(被告)から答弁書の提出
  • 第1回期日
  • 続行期日(複数回続きます)
  • 当事者双方の主張立証が一定程度尽くされる
  • 裁判所から和解の話し合いの希望等を確認される
    ↓和解の話し合いを希望する
  • 裁判所を介して双方当事者で和解の交渉が行われる
    ↓決裂
  • 証人尋問
  • 裁判所から再度和解の話し合いの希望の有無を確認される
    ↓希望しないor希望したが決裂
  • 判決

和解の話し合いのタイミングに明確なルールはありません。当事者が希望すればいつでもできます。

しかし、実際のところは、双方がある程度主張立証を尽くした訴訟の後半戦で行われることが多いです。訴訟の後半戦では、ある程度証拠が出ており、裁判官の心証も固まりつつあることが理由です。

和解の話し合いでは、まずは金額の調整を行い、そのあと細かい条項を調整します。内容に合意ができたら書面にまとめ、和解期日で確認をして最終的な合意となります。

合意が成立したら、後日和解調書という書類が裁判所から発行されます。

裁判上の和解の特徴

裁判上の和解も裁判外の和解と同じく、相互に譲歩のうえ合意によって成立するものです。和解は、判決と違い白黒はっきりさせるわけではありません。

しかし、和解の内容は訴訟の見通しや裁判官の心証に応じて変化します。

たとえば、裁判官が請求側に有利な心証を持っていれば、請求側に有利な条件で交渉が進みます。反対に請求側に不利な心証を持っていれば、請求側に有利な条件で交渉を進めることは難しいです。

裁判上で和解をした場合は和解調書が作成されます。和解調書は確定判決と同一の効力があるので、違反した場合は強制執行ができます。この点は、裁判所での和解は裁判外での和解よりメリットがあります。

また、判決までいくと判決結果がインターネット上で公開されたり、ニュースや報道で取り上げられたりする可能性が高まります。

裁判上の和解であれば口外禁止などの条件も入れられるので、レピュテーションリスクも軽減できます。

4. 納得いかない判決には不服を申し立てられる!裁判の三審制

裁判の三審制

最初の裁判(第一審)で納得いかない判決となった場合、不服の申立てが可能です。

不服の申立ては、判決書の送達を受けた日から2週間以内にする必要があります。(民事訴訟法285条

第一審の判決に不服を申し立てることを控訴、第二審(控訴審)の判決に不服を申し立てることを上告といいます。このように、合計3回まで審理を受けられる制度のことを三審制といいます。

上告は、憲法の解釈に誤りがある、法律に定められた重大な訴訟手続の違反事由がある場合などに限られます。そのため、実質は第一審と第二審の2回審理してもらえるチャンスがあるということです。

裁判は時間と負担がかかります

裁判は争えば争うほど時間と負担が増大します。

第一審で審理に1~2年以上かかることも多いです。控訴審まで移行するとさらに時間がかかります。

裁判を起こす場合、専門家と事前に十分な検討をした上での提訴をおすすめします。

5. 元お笑い芸人が性被害を主張する女性に対して裁判して判決までいったケース

元お笑い芸人が性被害を主張する女性に対して裁判をしたケースとして、令和3年10月6日の東京地方裁判所の判決を紹介します。名誉毀損の裁判です。

事案の概要

お笑い芸人として活動していた複数名が、性被害を主張して会社・警察・週刊誌・ライブ配信などで情報提供した女性に対して損害賠償請求(各300万円)をした。

お笑い芸人の自宅で王様ゲームとして、女性の衣服を脱がす、胸を触る、口淫するなどの性行為を行い、その行為をスマートフォンで動画撮影した。

女性は口淫することや動画で撮影することについて嫌な素振りをみせなかった。

女性は自宅から帰ったあともLINEでやり取りする、ライブを観覧するなどしていた。

主な争点と双方の主張

① 各性行為に関する女性の同意の有無

<芸人側の主張>

女性は自ら積極的に性行為を行い、その後も好意的メッセージを送ったり、ライブを観覧したりするなどしており、一連の言動からすれば性行為について同意していた。

<女性側の主張>

一連の性行為に抵抗感を抱いていたが、動画を撮影されてしまったので動画を拡散されたくないという思いから性行為を拒絶できなかった。同意はない。

② 女性が会社や警察に報告や届出したことの違法性

<芸人側の主張>
  • 性行為に同意していたのに強姦されたと虚偽の事実を報告しており、それを理由にマネジメント契約も解約せざるを得なくなった。報告行為は不法行為(民法709条)にあたる。
  • 警察への虚偽の報告は虚偽告訴罪(刑法172条)を構成する違法な行為である。
<女性側の主張>
  • 性行為に同意はなく、集団強姦は事実である。マネジメント契約を解約されたのは報告行為のみによるものではなく、解雇されるとまでは考えていなかった。
  • 集団強姦は事実であり、警察への届出は不法行為に該当しない。

③ 女性が週刊誌に情報提供したことの不法行為該当性

<芸人側の主張>

出版社が人の社会的評価を低下させる記事を発行する雑誌に掲載する行為は、名誉毀損として不法行為に該当する。また、出版社からの取材に応じた者が、自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載される可能性が高いことを容認しながらコメント提供した場合には、取材に応じる行為もまた不法行為に該当する。

<女性側の主張>

出版社からの取材に応じたことと、そのコメント内容がそのままの形で記事として掲載されたことにより他人の社会的評価を低下させたこととの間には、原則として相当因果関係がない

④ 違法性阻却事由の有無

<芸人側の主張>

金銭を得る目的で虚偽の性被害を作り出した可能性が高く、公益目的はない。また、同意があったので強姦という点も真実ではない。

<女性側の主張>

性行為について同意はなく、事実摘示は真実であり、公益の目的、公共の利害に関する事実であるため名誉毀損の違法性は阻却される。

⑤ 損害額

<芸人側の主張>

経済的・精神的損害は極めて大きい。金銭的に評価すれば各自300万円は下らない。

<女性側の主張>

争う。

裁判所の判断

① 各性行為に関する女性の同意の有無

女性の言動、LINEメッセージやダイレクトメッセージのやり取り、一連の行為等を踏まえれば女性は同意していたものと評価するしかない。

② 女性が会社や警察に報告や届出したことの違法性

マネジメント契約の解約、活動停止、捜査機関による取調べ、不起訴処分等は、本件各性行為が同意なくされたものであればやむを得ないが、今回は同意に基づくものなので報告と届け出は不法行為となる。

③ 女性が週刊誌に情報提供したことの不法行為該当性

自宅内での集団強姦等の記事を作成する場合は、被害者の発言をそのままの形で記事にする可能性があり、女性も十分に予想できたことから芸人の社会的評価の低下との間に相当因果関係が認められて情報提供は不法行為となる。

④ 違法性阻却事由の有無

性行為に同意があったので、公共性・公益目的・真実性のいずれも満たさず違法性は阻却されない。

⑤ 損害額

各自90万円が相当

弁護士が解説

この事案の争点は、性行為時の同意の有無です。 性行為について同意があったと分かる直接的な客観証拠はないのが普通です。 そのため、性行為に至るまでの状況、性行為時の状況、性行為後の状況など状況証拠を積み重ねて同意があったのかどうかを認定するしかありません。 この事案でも状況証拠を詳細に判断したうえで、女性が性行為に同意をしていたと判断しています。

会社への報告や警察への届け出、週刊誌への情報提供を含めて、性行為に同意していたのに集団強姦された旨の報告は、相手の社会的評価などを低下させるため不法行為に該当する可能性があります。

反対に、真実なのであれば違法性は特にないので不法行為として賠償責任は負いません。

この事案では、お笑い芸人側は各自300万円の賠償請求を女性に対して求めていましたが、結果としては各自90万円の認定となりました。

6. まとめ:訴えの取り下げで裁判を途中で終了できる

裁判の結末には、大きく分けて、判決、和解、訴えの取り下げがあります。

訴えの取り下げは、訴訟を途中で終了させることができます。ただし、裁判が始まって相手が既に争っている場合、訴えの取り下げには相手の同意が必要です。

訴えの取り下げは、最初から裁判は係属していないものとみなされます。理屈上はもう一度同じ裁判を起こすことが可能です。

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監修者:よつば総合法律事務所 弁護士 辻悠祐
プロフィール

大阪弁護士会所属弁護士。よつば総合法律事務所大阪事務所所長。企業法務チームに所属。インターネット上の誹謗中傷の対応、企業及びクリニックの顧問業務、使用者側の労働問題などを担当している。

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。